ウラリスク
(Uralsk)
現在の時間
- 2024-10-05
08:12:10 - 日本の時間は
2024-10-05
12:12:10
日本との時差は
-4時間
(西カザフスタン時間) -
国名、州名
-
通貨
テンゲ(KZT)
-
国名コード
KZ(KAZ)
-
国際電話番号(国番号)
7
-
2024年の祝日日数
18日
カザフスタンの詳細情報
1 面積
272万4900平方キロメートル(日本の7倍、世界第9位。旧ソ連ではロシアに次ぐ。)
2 人口
1,960万人(2023年:国連人口基金)
3 首都
- アスタナ
- (Astana:旧ヌルスルタン。1997年12月、アルマティよりアクモラに遷都。翌年、カザフ語で「首都」を意味するアスタナに改称。2019年3月にヌルスルタンに改称されたが、2022年9月、再度アスタナに改称。日本はJICAによるアスタナの都市計画作成支援を実施し、基本設計は故黒川紀章氏が担当した。)
4 民族
- カザフ系(69.6%)、ロシア系(17.9%)、ウズベク系(3.3%)、ウクライナ系(1.5%)、ウイグル系(1.3%)、タタール系(1.0%)、その他(5.3%)
- (2022年:カザフスタン国民経済省統計委員会)
5 言語
カザフ語が国語。(ロシア語は公用語)
6 宗教
イスラム教(70.2%)、ロシア正教(26.3%)、仏教(0.1%)、無宗教(2.8%)、無回答(0.5%)(2009年:カザフスタン国勢調査)
7 略史
年月 | 略史 |
---|---|
15世紀後半 | 遊牧ウズベク国家から分離し、キプチャク草原(現在のカザフスタンを含む)に勢力を拡大。カザフ・ハン国の成立 |
18世紀初 | 大ジュズ、中ジュズ、小ジュズの三つの部族連合体に分裂 |
1730年代 | カザフの支配層の一部がロシア皇帝に臣従 |
18世紀中頃 | 清朝にも朝貢 |
1820年代まで | ロシア帝国、総督府を設置し、カザフ・ハン位の権限を段階的に停止 |
1837年~1847年 | ケネサルの反乱(カザフ人による対ロシア反乱) |
1850年~1860年代 | 現在のカザフスタン全域がロシア帝国の支配下に(ロシア人農民の大量植民) |
1920年 | 「カザフ(キルギス)自治ソビエト社会主義共和国」成立(首都オレンブルグ) |
1924年 | 中央アジアの民族・共和国境界画定により国境線の変更 |
1925年 | 首都をオレンブルグからクズィルオルダに移し、国名を「カザフ(カザク)自治ソビエト社会主義共和国」に変更 |
1929年 | 首都をアルマティ(アルマ・アタ)に移転 |
1936年 | ソ連邦を構成するカザフ・ソビエト社会主義共和国に昇格 |
1986年12月1日 | アルマ・アタ事件(カザフ人共産党第一書記コナエフ解任に抗議するデモに対し、内務省軍と警察による弾圧) |
1990年4月24日 | ナザルバエフ大統領就任 |
1990年10月25日 | 共和国主権宣言 |
1991年12月1日 | 大統領選挙が実施され、ナザルバエフ候補が当選 |
1991年12月10日 | 国名を「カザフスタン共和国」に変更 |
1991年12月16日 | 共和国独立宣言 |
1997年12月10日 | 首都をアルマティよりアクモラ(現アスタナ)に移転 |
1999年1月10日 | 大統領選挙が実施され、ナザルバエフ候補が再選 |
2005年12月4日 | 大統領選挙が実施され、ナザルバエフ候補が再選 |
2011年4月3日 | 大統領選挙が実施され、ナザルバエフ候補が再選 |
2015年4月26日 | 大統領選挙が実施され、ナザルバエフ候補が再選 |
2019年3月19日 | ナザルバエフ大統領が辞任を表明 |
2019年3月20日 | トカエフ上院議長が大統領に就任 |
2019年3月23日 | 首都の名称をアスタナからヌルスルタンに変更 |
2019年6月9日 | 臨時大統領選挙が実施され、トカエフ候補が当選 |
2022年1月上旬 | アルマティを中心に騒乱が発生 |
2022年9月17日 | 首都の名称をヌルスルタンからアスタナに変更 |
2022年11月20日 | 前倒し大統領選挙が実施され、トカエフ候補が再選 |
出典:外務省ホームページ