カブール
(Kabul)
現在の時間
- 2026-02-19
08:32:56 - 日本の時間は
2026-02-19
13:02:56
日本との時差は
-4時間30分
(アフガニスタン時間) -
国名、州名
アフガニスタンの首都
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通貨
アフガニ(AFN)
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国名コード
AF(AFG)
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国際電話番号(国番号)
93
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2026年の祝日日数
17日
カブールの最新ニュース
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アフガン少年、飛行機の車輪格納部に隠れて密航 インドの空港で見つかる2025年 9月 24日アフガニスタンの少年が航空機の着陸装置の格納部に隠れて、アフガニスタンの首都カブールからインドの首都ニューデリーまで密航したことがわかった。インド当局が発表した。 当局によると、少年は13歳前後とみられ、21日午前にアフガニスタン・カーム航空の飛行機が着陸した直後、機体近くの滑走路を歩いているところを発見された。インド中央産業保安部隊(CISF)が声明で明らかにした。 事情聴取の結果、少年はア...https://www.cnn.co.jp/world/35238306.html
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イランから強制送還されたアフガン人を乗せたバスが事故、76人死亡2025年 8月 20日イランから強制送還されたアフガニスタン人を乗せたバスが19日に衝突事故を起こして炎上し、数十人が死亡した。 ヘラート州知事の報道官によると、幹線道路での衝突事故により少なくとも76人が死亡した。犠牲者には男性、女性、子どもが含まれているという。 報道官によれば、バスはイランとの国境に近いイスラムカラを出発し、首都カブールに向かっていたところで事故に遭った。 現場の映像には炎に包まれたバスと黒煙...https://www.cnn.co.jp/world/35236931.html
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現代史上初の危機、首都が「水枯れ」の瀬戸際に アフガニスタン2025年 7月 20日アフガニスタン首都カブールの乾き切った山並みに朝日が差すころ、一家の「水探し」と「節水」のための闘いの一日が始まる。 カブールに住むラヒーラさん(42)は、給水車の轟音(ごうおん)が近づくたび、4人の子どもたちのためにぼろぼろのバケツやポリタンクを抱えて通りに飛び出す。家族の水は常に底を突きかけており、1リットルでも高価なため、神経も家計も限界まで追い詰められている。 「飲み水がまったく手に入...https://www.cnn.co.jp/world/35235733.html
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タリバン、2月に拘束の米国人女性を解放2025年 3月 30日2月にアフガニスタンでイスラム主義勢力タリバンに拘束された米国人女性フェイ・ホール氏が解放された。事情を知る関係者が明らかにした。 同関係者によると、ホール氏は裁判所の命令に基づき、米国との交渉を仲介してきたカタールの支援を受けて釈放された。同氏はアフガンで許可なくドローン(無人機)を使用したとして拘束されていた。 身柄は首都カブールのカタール大使館に引き渡され、検査の結果、良好な健康状態が確...https://www.cnn.co.jp/world/35231151.html
アフガニスタンの詳細情報
1 面積
652,225平方キロメートル(日本の約1.7倍)
2 人口
3,890万人(2020年 世界人口白書)
3 首都
カブール
4 民族
パシュトゥン人、タジク人、ハザラ人、ウズベク人等
5 言語
ダリー語、パシュトー語(公用語)
6 宗教
イスラム教(主にスンニ派であるが、ハザラ人はシーア派)
7 略史
- (1)長年の他民族による支配の後、18世紀半ばドゥラニ王朝が成立。バラクザイ王朝下の1880年、英国保護領となるが、1919年独立を達成。1973年に王制(アフガニスタン王国)から共和制(アフガニスタン共和国)に移行後、1978年人民民主党のクーデター(サウル革命)により社会主義政権(アフガニスタン民主共和国)成立。1979年ソ連の軍事介入のもとカルマル政権成立。1988年のジュネーブ合意に基づき、1989年駐留ソ連軍の撤退完了。1970年代終り頃から、アフガニスタン国内の混乱を逃れ、隣国のパキスタン及びイランに何百万人ものアフガン難民が流出した。
- (2)1992年ムジャヒディン勢力の軍事攻勢によりナジブラ政権が崩壊、ペシャワール合意に基づく暫定政権(アフガニスタン・イスラム国)が成立するが、各派間の主導権争いにより内戦状態が継続。1994年頃から、イスラムへの回帰による秩序回復を訴えるタリバーンが南部から勢力を伸ばし、1996年首都カブールを制圧、1999年までに国土の9割を支配するに至った。2001年9月の米国同時多発テロ事件を機に、同年10月から米英主導でアルカーイダ及びタリバーンに対する軍事行動が行われ、11月「北部同盟」がカブールを制圧、12月までにタリバーン支配地域が奪還された。
- (3)タリバーン政権崩壊後、2001年12月のボン合意に基づき、移行政権の発足、新憲法の採択・発布、大統領選挙、下院議会・県議会選挙に至る一連の統治機構整備プロセス(ボン・プロセス)を通じ民主化が進展。2014年にはカルザイ大統領からガーニ大統領への民主的な政権交代が実現するとともに、同年末、国際治安支援部隊(ISAF)からアフガニスタン政府へ治安権限が移譲。2020年2月米国とタリバーンの間で「和平合意」が成立し、同年9月アフガニスタン政府とタリバーンの間で初の本格的な和平交渉が開始。
出典:外務省ホームページ