ダルフール
(Darfur)
現在の時間
- 2025-11-08
18:02:36 - 日本の時間は
2025-11-09
01:02:36
日本との時差は
-7時間
(中央アフリカ時間) -
国名、州名
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通貨
スーダンポンド(SDG)
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国名コード
SD(SDN)
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国際電話番号(国番号)
249
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2025年の祝日日数
16日
ダルフールの最新ニュース
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スーダンの病院で460人超殺害か 準軍事組織が西部の主要都市を制圧2025年 10月 31日内戦が続くアフリカ北東部スーダンの病院で、国軍と対立する準軍事組織「即応支援部隊」(RSF)が460人以上を殺害したとする報告があったことが分かった。 RSFは26日に西部ダルフールの主要都市エルファーシルを制圧し、男性1人の殺害の映像をネットに投稿してもいる。映像には数十もの遺体が並ぶ中に座っている老人にRSFの戦闘員が近づき、殺害する様子が映っている。 CNNは殺害があったのはサウジ病院と...https://www.cnn.co.jp/world/35239912.html
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最後まで残る病院にドローン攻撃、女性や子ども70人が死亡 スーダン2025年 1月 27日アフリカ北東部スーダンの北ダルフール州の州都エルファーシルで、唯一機能していた病院が24日にドローン(無人機)で攻撃され、少なくとも70人が死亡した。現地の当局者や世界保健機関(WHO)が明らかにした。 WHOのテドロス事務局長は25日、この病院は攻撃された当時、治療を受ける患者であふれ返っていたと述べた。スーダン外務省によると、犠牲者の大半は女性と子どもだった。 スーダンでは1年8カ月にわた...https://www.cnn.co.jp/world/35228683.html
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飢餓のダルフールへ食料搬入、国境検問所の通行再開2024年 8月 23日飢餓が発生しているアフリカ北東部スーダンのダルフール地方への食料搬入が、6カ月にわたる停止を経て再開した。国連世界食糧計画(WFP)は21日、食料を積んだトラックの第一陣が隣国チャドからダルフールに到着したと明らかにした。 WFPによると、搬入した食料は飢餓が差し迫っている1万3000人向け。「再開した輸送ルートを通じて速やかに搬入できるよう、約50万人分の食料や栄養補給品を用意している」とい...https://www.cnn.co.jp/world/35223084.html
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スーダン北ダルフール州で唯一の公立病院、閉鎖の危機 内戦激化で2024年 8月 15日アフリカ北東部スーダンの北ダルフール州で唯一稼働している公立病院が閉鎖の危機にひんしている。国際医療組織「国境なき医師団(MSF)」が14日、警告した。 昨年4月に勃発した国軍(SAF)と準軍事組織「即応支援部隊(RSF)」の内戦により、同国では1万8000人以上が死亡、3万3000人が負傷している。 RSFが5月、北ダルフール州の州都エルファーシルを包囲して以降、戦闘は激化。 国境なき医師団...https://www.cnn.co.jp/world/35222804.html
スーダンの詳細情報
1 面積
188万平方キロメートル(日本の約5倍)
2 人口
4,281万人(2019年、世銀)
3 首都
ハルツーム
4 人種・民族
主としてアラブ人、ヌビア人、ヌバ人、フール人、ベジャ人等(200以上の部族が混在)
5 言語
アラビア語(公用語)、英語も通用、その他 部族語多数
6 宗教
イスラム教、キリスト教、伝統宗教
7 略史
| 年月 | 略史 |
|---|---|
| 16世紀頃 | フンジ・スルタン国が栄える(現在のセンナール州中心) |
| 17世紀頃 | フール・スルタン国が栄える(現在のダルフール地方中心) |
| 19世紀頃 | オスマン・トルコ帝国支配下のエジプトの侵攻(1820年)を受け、北部スーダン(現在のスーダン)が支配下に組み込まれる |
| 1881年~1898年 | 「マハディ(救世主)」と称するスーダン人指導者ムハンマド・アフマドが武装蜂起、マハディ国家を建設するも、英国が鎮圧 |
| 1899年~ | 英国・エジプト共同統治開始、1922年から南部スーダン封鎖 |
| 1955年8月 | 南部スーダンの自治・独立を求めて、軍将校と警察の一部が武装蜂起、第一次内戦勃発(1972年終結) |
| 1956年1月 | スーダン共和国独立 |
| 1958年11月 | 軍事クーデタによりイブラヒム・アッブードゥ軍事政権成立 |
| 1965年4月 | 総選挙によりウンマ党・国民統一党連立内閣成立 |
| 1969年5月 | 軍事クーデタによりガファール・ニメイリ軍事政権成立、「スーダン民主共和国」に改称 |
| 1972年2月 | アディスアベバ和平成立、第一次内戦(1955年開始)終結 |
| 1983年1月 | ジョン・ギャラン国軍大佐率いるスーダン人民解放運動・軍(SPLM/A)が、南部スーダンの自治獲得を目指してスーダン国軍を攻撃、第二次内戦勃発(2005年終結) |
| 1985年4月 | スワール・ダッハーブ国防相による軍事政権成立 |
| 1985年12月 | 国名を「スーダン共和国」に戻す |
| 1986年5月 | 民政移管によりサーディク・マハディ政権発足 |
| 1989年6月 | 軍事クーデタによりオマル・バシール軍事政権成立 |
| 1993年10月 | バシール中将が大統領に就任 |
| 1996年3月 | 総選挙実施、バシール大統領再任 |
| 2000年12月 | 大統領選挙実施、バシール大統領再選 |
| 2002年7月 | マチャコス議定書の締結(本格的な南北スーダン和平プロセス開始) |
| 2003年 | ダルフール地方で武装勢力の活動が活発化 |
| 2004年7月 | アフリカ連合(AU)が停戦監視等のための部隊(AMIS)派遣決定 |
| 2005年1月 | 南北包括和平合意(CPA)成立、バシール大統領が南北統一政府大統領に就任 |
| 2005年4月 | 国連安保理が国連スーダン・ミッション(UNMIS)を設立する決議第1590号を採択 |
| 2005年7月 | 南北両勢力による国民統一政府成立、ギャラン第一副大統領兼南部スーダン大統領就任 |
| 2006年5月 | ダルフール和平合意(DPA)署名 |
| 2006年10月 | 東部スーダン和平合意(ESPA)署名 |
| 2008年1月 | ダルフール国連・AU合同ミッション(UNAMID)がAMISより指揮権を引継ぎ、展開開始 |
| 2009年3月 | 国際刑事裁判所(ICC)がバシール大統領に対する逮捕状を発布 |
| 2010年2月 | スーダン政府がドーハにおいて一部ダルフール反政府勢力と即時停戦等に署名 |
| 2010年4月 | 総選挙実施、バシール大統領再選、キール南部政府大統領当選 |
| 2011年1月 | 南部スーダン住民投票実施、南部スーダンの独立決定 |
| 2011年5月 | スーダン国軍がアビエ地域占拠 |
| 2011年6月 | 南部2州(南コルドファン州及び青ナイル州)で武装勢力の活動が活発化 |
| 2011年7月 | 国連安保理でアビエ暫定治安部隊(UNISFA)を設立する決議第1990号、及び国連南スーダンミッション(UNMISS)を設立する決議第1996号採択 南部スーダンが南スーダン共和国として分離独立 |
| 2011年7月 | ダルフール和平に関するドーハ合意文書(DDPD)署名 |
| 2012年9月 | 南北両国政府が、二国間の未解決課題に関する包括的な9つの合意文書に署名 |
| 2013年3月 | 南北両国政府が、2012年9月協力合意の履行マトリクスに署名 |
| 2015年4月 | 総選挙実施、バシール大統領再選 |
| 2015年10月 | 国民対話開始(2016年10月まで) |
| 2017年3月 | サーレハ第一副大統領が首相を兼任、内閣改造 |
| 2018年9月 | 内閣改造・省庁統廃合、ムウタズ・ムーサ水資源・灌漑・電力相が首相に就任 |
| 2019年2月 | バシール大統領が非常事態宣言を発出 |
| 2019年4月 | バシール大統領が解任され、暫定軍事評議会が発足 |
| 2019年8月 | 暫定軍事評議会(TMC)と「自由と変化宣言」勢力(DFC)が「政治合意」と「憲法宣言」文書に正式署名 ハムドゥーク新首相就任 |
| 2019年9月 | ハムドゥーク新首相が新暫定政府を設立 |
| 2020年6月 | 国連スーダン統合移行支援ミッション(UNITAMS)の設立が採択 |
| 2020年10月 | 南スーダンの首都ジュバで、暫定政府とSRFとの間で8月の和平協定に関する最終合意が署名される(3日) |
| 2020年10月 | トランプ米大統領がスーダンをテロ支援国家リスト(SSTL)から除外する意向を表明 |
出典:外務省ホームページ